安田まゆみの元気が出るお金の相談所公式ブログ

お義母さん、施設へ【まゆみの介護日記】

認知症になって10年。ff4a4b65be4e39211ebee9e010b8ad33_s.jpgのサムネイル画像
とうとう、義母の介護施設への入所が決まりました。

義父が亡くなった8年前。
その日から、夫はアルツハイマーの義母の介護のため、ともに暮らすようになりました。
以来ずっと、私たち夫婦は別居生活です。

とはいっても、義母の家は、徒歩15分のところにあります。
私も、週2~3回は行ってましたので、通いのヘルパーさんくらいの役には立っていたと思います(たぶん^^)。

義母との二人暮らしを始めたころ、義母は、洗濯やお米とぎなどはできていました。
同居して2~3年は、近くの小さなスーパーへお買い物にも行けました。
お米はよく買ってきていました。
つい3年くらい前までは、クリーニングを出しに行けていました。

出さなくてよいような夫のカジュアルなシャツまで出していましたが、引き取りを忘れることはしょっちゅうでした。

このころまでは、私に対しても、「和也(夫のこと)さんを借りていて申し訳ないわね」と言っていたのですが、ここ2年は、私が誰かもわからなくなっていたと思います。


去年から歩行時に膝の痛みが出てきたので、シルバーカーを押すようになりました。
それからどんどん認知症の症状も悪くなっていき、この数ヵ月間は、坂を転がるようにどんどんできないことが増えていきました。

一番は、膝の痛みの悪化で歩けなくなったことです。
車いすを使うようになるとさらに認知症が進みました。

今まで何とかトイレで自分の始末ができていたのが、便の方の始末が不十分になってきました。

さらに、夜は尿取りパッドをあてていても、おむつから尿が漏れるほどになり、朝方気がついたときはシーツもびしょびしょ。
この1ヵ月は、寝間着とシーツを朝から洗うのが夫の日課となっていました。


以前は、デイサービスから帰ってきても、一人でじっとしていたのですが、最近は、尿意を感じると車いすから降りようとしたりするので、目が離せない状態に。

ヘルパーさんに夜の食事とおむつの交換を頼んでも、帰宅が遅くなったりすると、尿漏れでシーツが。あるいは便でおむつが汚れてしまったりと...。

こんなことが続いていても、夫はまだ、義母の膝さえよくなって、シルバーカーを押せるようになったら、もう少し家で母の世話ができるのではないかと、思っていたようです。
義母の主治医に、「治る見込みがあるのか」と訊ねていました。

私は、そろそろ施設入所を考えたほうがいいのでは、と思ってきたのですが、親子の問題でもありますので、夫がその気になるまでしばらく見守ることにしてきました。


それでも、ここ1ヵ月は、交換する側の負担もさることながら、漏れた状態のままでいる義母にとっても辛い状況になってきました。

これ以上、働きながら、自宅で介護するのは大変。

便の始末をしながら、夫もそれを感じたのでしょう。
在宅介護をあきらめて施設入所へと心が動き始めました。

そんな矢先です。
希望していた施設から、いつでも入所OKの連絡が入りました。
なんて、グッドタイミングなのでしょうか。

おそらくいつかこういう日が来るだろうと、夫と話し合い、昨年11月には、老人ホームを見学して、申し込みは済ませていました。当時は3人待ちでした。
運が良かった。

それから、主治医への書類のお願いや、必要書類や持ち物などの準備を急ピッチで進めました。
そして、先週の日曜日、息子の運転で娘も孫を連れて、家族総出で荷物を運んで、ワイワイガヤガヤとドライブしながら、施設に向かいました。


義母は、車いす生活になってから、長年一緒に暮らして、介護してきた息子のこともわからなくなってきたんです。

夫が車いすを押しながら散歩の途中で「僕が誰だかわかる?」って聞いたそうです。
首をかしげていたそうな。

「和也って知っている」って聞いたら「安田和也」って。
「それは誰のことかわかる? 僕が和也だよ」と言っても首をかしげるばかりだったとか(T_T)

夫も私もうすうすは感じていました。
義母は夫のこともわからなくなっているだろうと。
でも、確認したくないことですよね。

この話を聞いて、「ついに確かめちゃったのね」と思いました。
確かめずにはいられなかったのかなぁ。う~ん。

そんな義母ですけど、初めての場所に連れてこられて、緊張しているように見えました。
認知症で記憶はなくても、まだ、感情はありますから。
今を生きている人ですから。
戸惑いのようなものがありました。

手続きとか部屋の準備とかしている間に、昼食の時間になり、施設で準備していただいたお昼ご飯を義母は黙々と食べていました。

お部屋を整えて、私たちが帰るときに、みんなでお別れを言うと本当にさみし気な顔をしていました。
娘は、「泣いているように見えたよ」って。

なんだか姨捨山に、義母をおいてきたような感覚です。
仕方がないと思いつつ、なんだかなぁ・・・、です。

別に二度と会えない、ってわけじゃないです。
1時間弱でホームには来られますから。
また月末にも行きます。

けれども。
けれども「頼りなくて、ごめんなさい。介護を最後までできなくてごめんなさい」という気持ちが先に立ちます。

もっと前に介護をするための技術的なことを学んでおけば、もう少し違った結果的に違なっていたかも、って思ったりするんです。
気持ちも変わっていたかも、って。

いろいろなことを考えてしまいました。
そのことは、また今度、書きますね。

今は、胸がつまるような後悔しか思い浮かばず、そんな状況で、頭いっぱい。
まだ整理はつかないですから。



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