セカンドライフをハッピーに

セカンドライフのお悩み

そろそろ老後のことも考えなくちゃ!
老後の生活には、いくらあったらいいの?

私たちの世代では、年金制度も頼りにならないみたい。
今から何を準備すればいい?

自分に万が一のことがあった時のために、
しておくべきことは?

ポイント

豊かさを感じるお金の使い方を!

  • 多くのサラリーマン家庭では、50代後半、だいたい子どもの学費が一段落したあたりから、自分たち夫婦の老後が現実的になってくるようですね。
  • 定年を前にしてのセカンドライフのご相談では、必ず「老後生活にはいくらあったらいいのですか」という質問を受けます。 雑誌やネットでも「老後資金は2億円」とか「最低でも3000万円」とかの数字が飛び交っていますから、心配になりますよね。実際、住宅ローンを払って、子どもを大学まで出していたら「退職前にはあまり預貯金なんてないわ」というご家庭が多いです。
  • 私は「老後生活にいくら必要か」と言う質問には、「いくら必要かは、あなたがこれからどのような暮らしをしていくかによって違うのですよ」とお答えします。「2億円」や「3000万円」は他人の価値観。それに惑わされる必要はありません。 ご自身の価値観で、心豊かに暮らしていくことを考えてみましょう。
  • 現役時代は「お金を多く使う事で豊かさ」を感じていたかもしれませんが、年金生活が始まるセカンドライフでは、「豊かさを感じるお金の使いかた」を見つけていくべきでしょう。

年金制度を頼らず、自助努力で老後生活を

  • これからの日本の年金制度は、大変厳しくなるだろうと予測されます。日本の年金制度は、世代間扶養ですから、少子高齢化が進んで年金受給者を支える若者が少なくなると、安定した年金生活は望めません。
  • 政府の発表した将来推計では、現在年金の財源を支える15歳から64歳の現役世代が3人で一人の65歳以上の受給者を支えていますが、2020年には2人で一人を支えるようになると予測されています。国庫負担があるとはいえ、そうなれば当然、現役世代の負担がいま以上に増え、受給額も減っていくようになるでしょう。
  • このような年金制度は、定年後の20年、30年というセカンドライフを支えるものとしては頼りにはなりません。 だから、個人の自助努力で老後資金を作らなければならないのです。その努力は、若いころから必要だと思います。
  • でも、いくらあったら豊かに暮らせるかは人それぞれです。 1億円あっても預貯金の取り崩しが不安だとおっしゃっていた未亡人の方もいました。預貯金が100万円もなくても、都営住宅に住み、年間数千円で乗り放題の都営バスや都営地下鉄を乗りこなして、桜の花見、藤や菖蒲といった季節を楽しむことを知っているご夫婦もいます。

自分らしい生き方を見つめよう

  • 定年を間近に控えた50代は大変です。 「子ども将来を心配」し、「親の介護」が始まり、自分の体力の衰えと老化を意識し始めるときでもあります。だからこそ、折り返しの人生を大いに楽しむことを考えましょう。 子育てや会社勤めに追われて、自分自身を省みることがなかったかもしれません。 「○○さんのお母さん」「△△会社のだれだれさん」という肩書きのない「素の自分」と向き合って、情報や他人の価値観に惑わされない、自分らしい生き方、暮らし方を見つめて欲しいと思います。
安田流『シンダラノート』のススメ

もしも家族より自分が先に旅立つことになった時、残された家族にどんな問題が起きるのか、考えたことはありますか? 元気なときに自分の死について考えることはあまり考えたくないことかもしれません。でも、いずれは誰もが通る道。家族への愛情として考えてみてください。

遺言をはじめとする故人の意志がどこにも書き残されていないために、家族が混乱と悲劇に巻き込まれるケースは多くあります。トラブルの多くは、相続と葬儀に関するものですが、財産に関することばかりではありません。病気や事故で意思表示もコミュニケーションもできない状態に陥ったとき、延命治療を望むのかというような終末医療や自分の葬儀についてことについても、書き残しておくべきだと思うのです。後々、「故人は本当は何を望んでいたのだろうか」という際限のない迷いや後悔を家族に残さないために、です。

自分の死について考えるのはけっして後ろ向きなことではありません。自分の最期の時までを考えて、家族や親しい人に伝えたいことを書き残すのは、「自分らしく生きる」ことを考えることでもあるのです。

ただ自筆で書いた「遺言」は、家庭裁判所の検認を受けなければ開封することはできませんし、開封されたときにはとっくに故人になっています。

ですから自分にもしものことが起きたときに家族に伝えたいことは、ノートに書くことをお勧めします。私はこれを「シンダラノート」とよんでいます。死んだら、あるいは死にそうになったら見てほしいノートと言う意味で、わかりやすいからです。

そこには自分が希望する終末医療にたいする考え方や治療方針、葬儀の希望、友人知人の連絡先、親戚の名前と関係図・連絡先、荷物の処分に関すること、取引のある金融機関や生命保険会社の連絡先、年老いた両親の健康管理に関すること、…といった事務的な連絡事項から、家族や親しい人への感謝の気持ちや、伝えたい思い、自分の歩んできた道を書いてもよいでしょう。

一般的には「エンディングノート」あるいは「ラストノート」として、市販されていますがあまり立派なものですと、失敗をしてはいけないと思うのか、どうやって書いたらいいのか迷う、という話も結構聞きます。たいていは、自分の歩んできた道とかが最初のほうにあるので、書きあぐねてしまうのでしょう。気がかりな事、一番伝えたい事、伝えておかなければ困ることから書きましょう。月日が経って、状況が違ってきたら、書き直せばよいではないですか。固定的に考えるのはやめましょう。

できればついでに「ボケタラノート」も作っておきましょう。

そうです。ボケたら読んで欲しいノートのことです。ボケても自分らしく生きていきたいですよね。そして介護する人にも困らないように書き残しておきましょう。

どのように介護して欲しいか、財産管理のこと、任意後見の契約があるかないか。介護してくださる人に伝えることとして、かかりつけの医者と薬のこと、病歴(生まれてからの健康プロフィール)と血液型、よく飲んでいる栄養剤、好きなたべもの食べ物、嫌いな食べ物、好きな音楽、家計の事などです。

そして最後に、お気に入りの写真とともにひとつのバッグにまとめて入れておきます。それが私の提案する「シンダラバッグ」です。

老いた親がいる人は、自分の親を受取人にした生命保険があればそのことも書き記しておきましょう。独身で、すでに肉親とも他界されているような場合は、亡くなった後の家具や荷物の処分を生前に契約できる会社もあります。死後のそうした契約業務や葬儀代については死亡保険金から支払うなどの遺言を残しておくことで精算できます。

自分がいなくなった後の家族に必要なことを書き残すのは、成熟した大人としての責任だとも思うのです。今日元気でも、明日は何が起こるかわからないのですから。