安田まゆみの元気が出るお金の相談所公式ブログ

『延命治療、まっぴらごめん』後悔のない介護は難しい【まゆみの介護日記】

a1180_005149.jpgあるテレビ番組での話です。

入院中のお母さんの家を片づけていたら、

『延命治療、まっぴらごめん』

こんなふうに書いてある紙を見つけたご家族の話を紹介していたと、友人から聞きました。
(なので、言葉的に正確ではないかもしれないですけど)

署名だけでなく、捺印までしてあるこの紙を見たご家族は、病院からお母さんを引き取って、自宅で看取ることにした、という内容だったとか。

それを聞いて、私、
自分自身の延命治療に対する意志を表明しておくこと、と、
親の延命治療に対する意志を聞いておくこと、って
大事だよね~と思ったんですね。


と同時に、義父と父の看取りのころのことを思い出しました。
特に義父の介護は、後悔することが多いのです。

多分、義父は「自分は死ぬ」と最後まで思っていなかったと思うんですよね。
アルコール性の肝炎だったのですが、それを受け入れることができなかった人でした。

出身地である沖縄に帰る、と言い続けていました。

沖縄戦で被弾して片耳が聞こえなくて、もう片方の耳も歳とともに、だんだん聞こえにくくなったので、こちらからは主に筆談で伝えていました。
でもね、徐々にコミュニケーションをとりににくなっていったんです。

病院通い、入院の世話などは、近所に住む私たち夫婦が担っていました。

義父は頑固で、自分の病気とちゃんと向き合えていなかったこともあり、延命についての義父の希望や、どんなふうに残りの時間を過ごしたいのかといった話をついぞ聴くことができませんでした。
(私が、というのではなく、夫も含めて、話を切り出せませんでした)

夫は夫で、何か思うところはあったと思います。
私自身は、長男の嫁として、やることはやったつもりですが、もっと何かできたのではないかという思いが残っています。


一方、実父の場合。

父は、病気に向き合い、最期を迎えていったように思います。
私たち家族もできることはやったつもりです。

最期はホスピスで過ごしたのですが、そこでも手厚くしてもらいました。
この過程については、私に後悔はありません。

でもね、介護や看護の過程には納得していても、時をさかのぼって介護になる前の元気なうちに、もっと何かできたのではないか、というような思いは、時々生前の父と似たような人を見るとふわぁっと浮かんできちゃうんですよね。

いつも考えているわけではないのですが、いったんその思いにとらわれれると、しばらくは止められないですね。
「考えてもキリがない!」と、頭では分かっているんですが......。


介護をしていると、いろいろな場面に遭遇し、さまざまな選択を迫られます。
考え抜いて選んだ結論であっても、後になって、あれでよかったのか、他の方法があったのではないか、本人の望みどおりだったのだろうか、と、思ってしまう......。

きっと、「後悔のない介護はない」のだと思います。


実は先日開催したワンコインセミナーで、少し早くいらした方とおしゃべりをしていたら、介護の話になって、「後悔のない介護ってないよねぇ」という話になりました。

そして、「延命治療については、親に直接聞ける人と、聞くのをためらう人がいるでしょうねぇ」と、いうことになりました。

聞きにくいからこそ、子は親にそのことを自ら話してほしいと思うのですが、親自身がそれを大事と思っていないことも多いので、厄介ですよね。

ということで、私たちの世代は、自ら延命治療に対する意志を表明しておきましょう。
次の子供世代に思い悩ませることの無いように。
そのうえで、親御さんの意志を確認していきましょう。

これをきっかけに、延命治療のことを少し考えてみてくださいね。

【まゆみの介護日記】
こちらもお読みください


【毎週配信】
メールマガジンへのご登録はこちらからお願いします

集英社の雑誌「MyAge」のウェブマガジン「OurAge」で連載中
【女50歳からのキラキラ老後計画】はこちら

【All Aboutマネー】「老後マネー」についてお話ししました
ミジメな老後にまっしぐら!無自覚な貧乏要因2つ

【ママテナ】インタビュー記事もどうぞ!
老後資金の心配を消すために必要な"思考テクニック"とは?

【ご相談者にいらした方のご感想です】
★ぜひお読みください

最近の記事

月別カテゴリー

このページの先頭へ